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インドネシアの忘れられないパスタ

更新が滞っているうちにドメインの更新連絡がきたのであわててブログを書いている今日この頃、皆さんはいかがお過ごしですか?

今年の3月に帰国してもう3ヶ月ちょっと。おかげさまでインドネシアとの縁が絶えない日々が続いている。LinkedIn、向こうで働きはじめた友人、インドネシアの現地スタッフや学生との交流など、本当にありがたいことだと思っている。



さて、今回はいつもと違ってライトな話題。今でも忘れられないインドネシアで食べたパスタ、ジェノベーゼの話。インドネシアの麺というとミゴレンなのでイタリアンの話をするのは申し訳ないが、食べた当時あまりにも空腹すぎたという事情を差し引いても十分紹介できるレベルのものだ。



写真のパスタは、Plaza IndonesiaにあるCANTEENのジェノベーゼ。ソースがかかっていないのでペペロンチーノに見える。ソースはパスタの上にバジルのかたまりとして添えられ、パスタと和えて食べる。ホテルのビュッフェでよく見かける、パンにつけるために出されている例のものに近い。日本ではソースは水っぽいのが多いので味が薄くなるのだが、これは水っぽさがない分味が濃く、これがこのパスタの最大の魅力。

また、パスタに添えられた揚げものは鳥肉で、肉は柔らかく脂身も処理されており、衣は薄く、つるとんたんに匹敵する程の具の量で食べごたえがある。全体的に量も多いのでこれだけでおなかいっぱいになる。

これを食べてからはペペロンチーノ派だった自分がすっかりジェノベーゼ派になった。帰国していくつかジェノベーゼを食べているが、これを超えるものにはまだ出会っていない。この店の他のパスタの味は普通だが、このジェノベーゼだけ飛び抜けてうまい。

Plaza Senayanにもおいしいジェノベーゼが食べられる店があるが、そこは鳥肉が付いていない分お得感は低いかもしれない。

イタリアンだけではなく、インドネシアの料理はとてもおいしい。ナシゴレンやミゴレンはバリエーションもたくさんあるし、日本料理店では焼肉や親子丼のレベルも高く、他にも中国やベトナム、タイ、シンガポール料理など食べ物の選択に困ることもなかった。ラーメンや吉野家の牛丼は人気で、ご飯時にはいつも行列になっていた。



インドネシアではパスタがうまいとか言いながら、本当のところ実生活では出前ばかりとっていたので、正直なところ味覚は狂っていたかもしれない。人気の吉野家の牛丼(2食分から出前可、600円くらい)とかピザハットのピザ(ピザMサイズ1枚、弁当1つ、おかず1品で約3食分、1,000円くらい)ばかりの偏食だったので、本当にこのパスタがおいしいかどうかは機会があれば確かめてほしい。

店の雰囲気はとても良く、客は華僑や欧米人がほとんど。 土日の昼が空いていていいかもしれない。Pacific Placeにもあるようだが、こっちは行ったことがないのでよく分からない。

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CANTEEN
http://www.canteenjakarta.com/

Museum Tekstil Jakarta

インドネシアのテキスタイル

ジャカルタ市内にあるテキスタイル博物館(Museum Tekstil Jakarta)で、ろうけつ染めのワークショップを体験してきたのでご紹介。



テキスタイル博物館が生まれたのは1976年。当時の統治者Ali Sadikin氏がインドネシアの伝統的なテキスタイルを重要な産業のひとつとして保護するために設立したものだ。この美しい建物は、もともと博物館として建てられたわけではなく、20世紀初頭にフランス人によって建てられた。その後何人かの手に渡り、インドネシア独立の際には郷土防衛義勇軍の本部として使われるなど、歴史的にも価値のある建物だ。

以前少し触れたが、インドネシアの伝統的なテキスタイルのことをバティック(Batik)という。ろうけつ染めという手法で染められており、洋服やテーブルクロス、サンダル、コースター、鞄に至るまでたくさんのものが作られる。ろうけつ染めは、日本でも友禅染めの一部に使われている。バティックは、2009年に世界無形文化遺産に登録されている。



ワークショップは75,000ルピア(750円弱)払えば年間何度でもワークショップを体験できる。領収書を見せると30センチ四方の綿の布を与えられるので、早速模様選びからはじまる。

模様選びはかなり大切だ。繊細なものから子供向けのキャラクターまでたくさんあるが、最初は無理せず大ぶりな模様がお勧め。ライトテーブルを使って鉛筆で模様をトレースしていく。

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模様をトレースする子どもたち。

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下書きができたらいよいよロウ塗り。本当はロウ塗りの工程の前に何度も煮沸して布を洗うらしい。たまたまインドネシア大学に通う日本人や上品な駐妻がいらしたので、通訳してもらいながらお手本を見せてもらった。

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刺繍をする時のように布を固定し、チャンチンという道具を使って布を立てながらサッと描いていくのがポイント。でもこの作業がものすごく難しい。腕をしっかり固定しないとプルプル震えて思った通りに描けない。僕が選んだ模様は初めての人には細かすぎたようで、「初めて?模様が細かすぎるけど大丈夫?」とスタッフが心配してくれた。ここは「大丈夫、僕はできる子だから」と言い切って作業続行。

とはいえ、最初は手本のようにはできるわけもなく、線はガタガタ。ロウの温度をうまくコントロールしないとロウが出すぎたり、逆に出なくてかすれたりする。店で売られているバティックがどれだけ上手くできていることか。デザインだけ見て、いいね、よくないね、と言うのが申し訳なくなるくらい上手くできない。いや、本当に申し訳ない。

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ようやくできたと思っても、スタッフからここはこうした方がいいねと鉛筆で線を追加されたうえで「裏もやってね」と言われる。ロウを塗った部分が染料をはじき染まらないので、白くしたい部分には表も裏もすべてロウを塗らなければいけないのだ(だから大ぶりの模様がいい)。そんな事も知らずに昼食もとらず作業していたので、ここで心が折れてしまった。

とはいえ、もともと器用なのが幸いして、初めてにしてはうまくできていたようだ。「本当に初めてか?」とスカウトも。こういった所でまったり働くのも悪くない。

今回は初めての体験で集中力も切れたので、裏面は程々にして染色することにした。希望の色を伝えると、染色は職人がやってくれる。今回は自分の好きなオレンジ。赤い顔料を調整して色を出していく。

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色が染まったら脱ロウの工程へ。煮沸をしてロウを落とし、乾いたら完成。染色前後でこう変わる。裏側もしっかりロウを塗らなかったのでムラになっている。実際にはオレンジというより朱色に近くなった。

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地元の人も大作を作っていた。こういった大きなものは1年以上かかるそうだ。

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バティック(Batik)という言葉の由来はいくつか説がある。「小さなドットのある布」を意味するambatikだったり、「染色の工程のひとつ」を意味するジャワ語tritikだったり、「心を込めてバティックのデザインをする」という意味のmbatik manaなどだ。語尾のtikは「小さな点、小さな点を描く」という意味だ。

いろいろと大変だったが、とても楽しかった。次は弁当を持ってまた行く予定だ。



Museum Tekstil Jakarta
http://museumtekstiljakarta.com/en

Office Hour
– Tuesday – Sunday : 09.00 am – 03.00 pm
– Monday & National Holiday : Close

Entrance Fee Individual
– Adult Rp. 5,000
– Student Rp. 3,000
– Children Rp. 2,000

Group
– Adult Rp. 3,750
– Student Rp. 2,250
– Children Rp. 1,500

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インドネシアのビールプロモーション

先日ふらりと立ち寄ったエピウォーク(Epicentrum Walk)のレストランAlex’s Pizze e Pastaで派手にビールのプロモーションが行われたのでちょっと紹介。



インドネシアというと、国民の約88%がムスリムのイスラム国家だ(でもイスラム教は国教ではない)。イスラム教ではお酒は禁止されているのでビールはあまり売れない。だから、よくよく考えてみるとビールのプロモーションがどうなのかは単純に気になる。日本ならCM、新聞広告、雑誌、中吊り、店頭POPなどあらゆるところに広告があって、お金をかければほとんどの人に広告がリーチする。個人的にはちょっと広告多いよね、というのが正直なところだ。インドネシアでは主な情報源はテレビ。インターネットの利用は主に若者で、移動は車やバイクがメインで日本ほど電車が利用されていないので交通広告はほぼない。アルコール関係のCMもあまり見た記憶がないので、規制されているのだろう。日本とはかなり事情が違う。

今回たまたま遭遇したプロモーションは、フィリピンビールのSan Miguelの宣伝だった。San Miguelはフィリピンの国内ビールシェア96%。インドネシアでは、2011年にBintangビールが国内シェアが55%だから、San Miguelが国外に積極的に出るのはある意味当然だ。このプロモーションもインドネシア人向けではなくて外国人向けのものだ。

プロモーションは簡単なゲームとライブで集客を図るというもので、5人1組のチームがビールを1人1本ずつ一気飲みするのにかかる時間を競うというもの。ビンに残されたビールはフラスコで計量され、1mlあたり1秒加算される。司会は男女1名ずつで、インドネシア語と英語で進行。イベントの様子はカメラで撮影され、店内のテレビでも見られるようになっていた。San Miguelのロゴ入りTシャツを着させられ(たぶん使い回し)、一気飲みしている間は、ご丁寧にロゴが映るアングルから撮影。もちろんFacebookとTwitterも連動している。ジャカルタ市内のレストランで毎回場所を変えて計7回、金曜と土曜を中心に行われる。

この日のイベントが成功したかどうかというと、正直微妙なところだ。設置していたテレビは店内の客が参加できるようにと考えられたものだと思うけれど、時間が早かったせいか客はほとんどいなかった。本当に事前調査していたのかというほど集客に苦労していた。その2日後から中国の旧正月(2/10〜12)というのもあったのかもしれない。結局、イベントスタッフが最初に一気飲みに挑戦することになり、女性スタッフも苦しそうにビールをこぼしながら、でも一生懸命一気飲みしていたのは愛嬌だった。スタッフが2度ゲームに挑戦していたのは気の毒だったが。日本ではこんなイベントはおそらくできない。企業が一気飲みをを助長するものとして炎上するのがオチだ。プロモーションでビールの一気飲みという選択肢はまずないだろう。



ところで、世界のビール市場の伸びが早い国はどこか知っているだろうか。興味深い事に上からインド、イラン、カザフスタン、エジプト、アゼルバイジャンらしい(EUROMONITOR INTERNATIONALのThe World’s Fastest Growing Beer Marketsより)。インドネシアは宗教上の問題でビールの消費量は少ないのは仕方がないが、中東での消費量が伸びているのが興味深い。

それにしても、ライブが結構大きな音だったので、このプロモーションが近所迷惑にならないのかすごく気になった。インドネシアではショッピングモールに直結もしくは隣接してマンションがある。Alex’s Pizze e Pastaはエピウォークのショッピングモールの外にあって、ライブが行われたのは19時頃から。金曜の夜とはいえ住人たちにライブの大音量はいい迷惑だろう。しかし、こういった事が普通にできてしまうところがインドネシアの緩さであり、結構好きなところだ。最後の方は司会の男性も気持ち良さそうに歌っていた。

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正しいライブはこんな感じ。iPhoneで撮影&トリミングしているので画像が粗くて申し訳ない。
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ちなみに、注文したシーフードのトマトソースパスタは結構美味しかった。しかしその2日後、インドネシア最高とも思えるくらいうまいジェノベーゼに出会ってしまったのは内緒だ。

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藍染めの5,000年

このまま年内何も書かないのはさすがにまずいので、以前から調べていた藍染めについてまとめてみた。



藍染めというと、どのようなイメージを持つだろうか。
日本古来の伝統的な染織方法、夏、浴衣…というのが一般的なイメージなのだと思う。自分も3ヶ月前までは漠然とそう考えていたし、特に深く追求することもなかった。しかし、調べてみるとそうではないようだ。

そもそも、藍染めは日本だけではなくインド、中国、メソポタミア、エジプト、ギリシャ、ローマ、ブリテン、ペルー、イラン、アフリカなど世界各地で知られていた。最も古いのは、紀元前3,000年以前のインダス文明の遺跡から藍染め用の染織槽が発見されており、藍染めされた麻布も見つかっている。現存する最古の藍染めはエジプトのミイラを包む布である。ツタンカーメンのミイラにも防腐用の布として藍が使用されており、ニューヨークのメトロポリタン美術館のサイトにも掲載されている。これは紀元前1336年〜1327年のものだ。

藍染めの最も古い中心地はインドとされ、紀元前1世紀にはヨーロッパへ輸出されていた。当時のインドとヨーロッパとの交流があったことは、染料を意味するギリシャ語indikonや、イタリア語indicumという言葉にも残されている。藍は染料としてだけでなく、医療や化粧品としても使用されていた。アメリカでも、藍は爬虫類が嫌うにおいを持つとして、約200年前にカウボーイたちがジーンズの染色に使用していた。

これだけでも驚きだろう。藍染めがひとつの伝統であるのは間違いないのだが、実はツタンカーメン君も使っている5,000年以上も歴史のあるものなのだから。



日本の場合はどうだろうか。日本の藍染めの歴史は1,800年ほどと言われている。他の国の歴史が凄すぎて、残念ながら歴史が浅いように見えてしまうのは仕方がない。藍染めが日本に伝えられたのは飛鳥時代とされている。飛鳥時代というと、593年に聖徳太子が推古天皇の摂政になってから、694年に持統天皇が藤原京に遷都するまでの102年間。この時代に中国から伝えられた。

藍染という言葉が日本の文献に最初に現れるのは古事記(712年)だ。大国主神(おおくにぬしのかみ)が詠んだ歌の中に「あたね舂(つ)き 染木が汁に 染め衣を まつぶさに 取り装い」という記述があり、蓼藍(たであい)が当時から使用されていたことが分かる。蓼藍とは、蓼科の藍草の葉のことだ。

魏志倭人伝(243年)にも記述がある。「紺青五十匹」は濃い藍色に染め上げた平織の帛(うすぎぬ)のことで、当時の日本から中国への贈り物の中に藍染が入っていたとされる貴重な記録だ。



藍染めは、紺の時代と言われる鎌倉時代から少しずつ広がりをみせる。濃い藍色のひとつ「褐色(かちいろ)」は、武士の間で愛用された。江戸時代の享保の改革によって絹の使用が禁止され、綿を藍以外で染めることが難しくなったことにより藍染めが急速に広がり、阿波(徳島)をはじめ、美濃、摂津、讃岐、伊予、筑後など、各地で行われるようになる。明治時代になると木綿の普及とともに藍の人気も高まるが、合成インディゴの開発により藍染めは急速に衰退する。

今日ジーンズなどに使われているものはほとんどが合成インディゴとよばれるものだ。1897年に合成法が開発されてから、16年後の1913年までに天然インディゴはほとんど合成インディゴに取って代わった。たったひとつの技術開発によって藍染めの歴史は大きく変わってしまう。それによって職を失った人もいるだろうが、この技術によるメリットも大きい。ジーンズなどはそのいい例だろう。個人的には、このような効率化には賛成だ。大勢の人に使ってもらえるというメリットがあるからだ。本物がなくなるとは思わないし、うまく使い分けていけばいいと思う。求める人は求めるのだから。



今は仕事の都合により、香港から移動してインドネシアのジャカルタに住んでいる。インドネシアではBatik(バティック)という伝統的なろうけつ染めの技術がある。毎週金曜はBatikの服を着て仕事をするのがこの国の習慣だ。ここにも職人の手作業によるものとプリントによる大量生産のものがある。手作業とプリントを組み合わせたものもある。これについてはまた詳しく書けたらと思っている。果たしていつになることだろう。

それにしても、今年は本当に刺激的で学ぶことが多い年だった。支えてくれた皆さま、本当にありがとうございます。たくさんの人と出会えたことに感謝します。来年はもっと刺激的な年にしていきたいですね。皆さんも、良い年を迎えられますように。

Mooncake

Moon

満月の今日は、中国では中秋節にあたる日だ。


10/1~2は国慶節・国慶節の翌日と連休になるため、今年は土日とあわせて4連休。世間ではいろんな祭や花火大会が催されたり、月餅というお菓子を食べたりする習慣がある。自分が今住んでいる銅鑼湾(Causeway Bay)では長さ70メートルの龍が、火花を散らして太鼓の音とともに駆け抜ける火龍の舞が毎年行われている。昨日見に行ってみたのだが、海で遊び疲れたのとたくさんの人で早々に引き上げてしまい結局見ていない。この4連休はBBQや散策、創作活動や勉強、事務処理など香港での生活をそこそこ楽しむ予定だ。

上の写真は月餅(げっぺい/Mooncake/yuebing)というお菓子で、中国では中秋の名月を楽しみながら食べるものだ。中秋節は中国の人々が家族の団欒を祈るための日であり、月餅の丸い形は家族の団欒を象徴するものとして古くから親しまれている。中秋節や月餅の歴史は古く、周の時代から月を拝む習慣があったという記録がある。中秋の名月と月餅が密接に関係を持つようになったのは明代からであるという説が一般的だ。


月餅の中には餡と卵黄(アヒルの卵を塩漬けにしている)が入っているものが多い。今ではいろいろなタイプの月餅が売られており、アイスクリーム、クッキー、チョコレートなどでできた月餅も売られている。写真の月餅のように金粉がのっているものもある。

月餅のデザインも多様で、特に決まったデザインはないようだ。花柄や幾何学模様、文字、企業のCIなど、ここを見ると月餅をビジネスチャンスとして試行錯誤しているのがよく分かる。3年前のWSJの記事によると、ペニンシュラ香港では1日に12,000個の月餅を作っていると書かれているので、この時期はかなりたくさん売れるんだろうと想像する。


写真の月餅を買う時にもたくさん買ってもらおうと売り場のおばちゃんが必死だった。ひとりで食べるから2個セットの小さいものでいいと何度も言ったのに、相手は広東語、こっちは英語。最後の最後でフェイントをかけられてあやうく6個入りを買いそうになってしまった。こっちも最後の方は油断をしてうんうん言っていたからかもしれない。

今日の満月は日本時間の12時19分なのであとは欠けていくばかりだ。残りの満月を楽しむとしよう。

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Hong Kong

今回、香港に来たのを機にブログを始めることにした。

香港には9/1から滞在し11月上旬までいる予定だ。自分にとって海外の長期滞在は初めての経験。ブログもずいぶん前からやろうと思っていたが、なかなか実現しなかった。これを機に始めないと今後もやらないだろうという事が分かっているので、勢いにまかせて始めてしまった。


香港に来て思うのはとにかく人、人、人。


どこに行っても人ばかりだ。若者も多い。正直に言うと邪魔くさいほど人が多い。でも、これが今勢いにのっている都市の姿なんだと思う。勢いにのっているのはこんなところにも現れている。

香港の非常口ピクトグラム




日本の非常口ピクトグラム



ここ香港にはあらゆる国から人が訪れ、街にとけ込んでいく。多様性は活気をもたらし、新たなアイデアをもたらす。普段、たくさんの情報を知ることばかりに時間をとられているのでここでは見て、聴いて、触って、感じたことをじっくり考え書いていけたらと思っている。

ひとまずは最初のブログをリリースできてほっとしている。